府中街道「二子橋」付近
大山街道(右側)と多摩沿線道路が合流する「二子橋」
江戸幕府が江戸護衛の最前線と位置付けていた多摩川には、架橋が制限されていたため長く渡船「二子の渡し」が両岸の大山街道を連絡していました。
時は流れ、ここに橋が架けられることとなりました。
その際、付近一帯には街道宿が数軒立件していた他は、静かな田園地帯であり、かつ繁華街がなかったため、役人接待のために芸者を呼び歓楽街が開かれ、それが「二子新地」と呼ばれました。
現在の
東急電鉄「二子新地駅」上りホーム
ピンク色の壁上にある
謎の階段は?
多摩川で開催される時の臨時階段口のための階段です。
Facebookでは、「二子橋」付近より東急電鉄「二子新地」花火大会用階段動画を投稿しています。
※かわさき珍百景は、不定期でお届け致します。
KATG事務局