緑ヶ丘霊園の丘の上にある
『松寿弁財天』
道路の先は、緑ヶ丘霊園(多摩区長尾口)
【松寿弁財天・鳥居】
【松寿弁財天・鳥居・扁額】
❲解説❳
『松寿弁財天』は、真言宗豊山派寺院雁三山正幡入院『常照寺』(川崎市多摩区宿河原3丁目)が管理なさる弁天堂です。
神仏習合の頃には、『常楽寺』の境内にありましたが、本堂には幕末期の1858年(安政5年)に社水という絵師によって描かれた『松寿弁財天図』が残されています。
一方、川崎市市民ミュージアム(川崎市中原区)の川崎物語集 巻六には、『松寿弁財天』に関する伝承を載せています。
昔、夜に宿河原(現.川崎市多摩区宿河原)の紋右衛門の木戸(→門)を叩くものがあった。
しかし、紋右衛門が行ってみると誰もいない。
空耳かと思い床に入ると、また音がする。
紋右衛門の妻も聞こえるというので、また出てみると..やはり人影はない。
気味が悪いと思いつつ紋右衛門が戻ると、蚕室から火が出ていた。
大声で紋右衛門が知らせ、妻も飛び起き、大火事になるすんでのところで火を消し止めた。
紋右衛門は、木戸を叩いてくれた人が(火事)を教えてくれたのだ、と不思議に思った。
そして、夜が明けると蚕室の染に火を浴びた白蛇が死んでいました。
紋右衛門は、『松寿弁財天』様が教えてくれたのだと感謝し、手厚く供養しました。
その後、村(宿河原村)には火事が無かったといい伝わっています。
弁財天の噂が広まり、毎月巳の日には参詣者が押し寄せ、八十四軒もの茶屋ができたそうな。
川崎市北部に広がる白蛇伝説のお話です。
祠(左側)立耳屋万之助 石碑
祠(中央)平和記念碑
「下げ綱の松と松寿弁財天」解説碑
彫字にて解説しています。
石柱には、白蛇が彫られています。
祠の中は、左右にベンチが設置され茶屋を思わせる雰囲気です。
天井には、納奉.奉納が祀られています。
祠の左側
祠の右側
祠には、3枚の絵図が貼られています。
「玉川網下松八景之圖」
「江戸時代の地図」
神棚には、白蛇の石仏が祀られています。
Facebookでは、『松寿弁財天』祠
動画を投稿しています。
KATG事務局
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『松寿弁財天』
【所在地】
〒214ー0021
川崎市多摩区宿河原6丁目47番28号
【交通】
JR東日本・南武線「久地駅」改札口から踏み切りを渡り南西へ約600mの高台
緑ヶ丘霊園の丘の上に拝殿が祀られています。
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