2023年01月25日

《川崎市高津区》〜小さな命の物語〜 冬の平瀬川「水面を仲良く泳ぐカルガモたち」

平瀬川は、多摩丘陵の川崎市宮前区水沢3丁目地先に源を発し、川崎市中央部を北東に流下し、平瀬川支川を合流したのち、川崎市高津区下作延7丁目地先で流路を北に変え、途中の津田山台地を2本のトンネルを抜けて、川崎市高津区久地地先で二ヶ領用水の本川と合流し、多摩川に流入れしています。

平瀬川途中の
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川崎市高津区下作延7丁目・付近では、
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平瀬川の水面を覗くと..
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冬場でも水面をカルガモたちが泳いでいます(^^)
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排水口の真下は、
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カルガモたちの聖域になっており拝見していると、ほのぼのとして癒やされます(^^)

Facebookでは、
〜小さな命の物語〜
冬の平瀬川
「水面を泳ぐカルガモたち」
動画を4つ投稿しています。

KATG事務局










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2023年01月24日

《川崎市幸区》日蓮宗 頂龍山『了源寺』(夢見ヶ崎動物公園内)

日蓮宗 頂龍山
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『了源寺 本堂』

夢見ヶ崎動物公園内に鎮座する『了源寺』は、寛永年間(1624年〜44年)の創建で、本堂および庫裏(くり)は、宝暦年間(1751年〜64年)に建てられ、改修を加えたものが現存しています。
この地には、江戸時代の狂歌・洒落本(しゃれぼん)の作者としてしても有名な大田南畝(蜀山人)も訪れ当時の様子を文化6年(1809年)、「向岡閑話」に記しています。

境内をご説明致します。

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『了源寺 山門』

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『了源寺 石柱』 

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『了源寺 山門(左側)石碑』

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『了源寺 手水舎』

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『了源寺 南無日蓮大菩薩碑』

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『了源寺』境内の中心には、守護神が祀られています。
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『了源寺 水子地蔵菩薩』

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『了源寺 妙法福徳荷社』

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『了源寺 妙法稲荷社 扁額』

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『了源寺本堂(右側)石碑』

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『了源寺 本堂 (左側)石碑』

Facebookでは、日蓮宗 頂龍山
『源寺了』境内動画を投稿しています。

KATG事務局
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        日蓮宗 頂龍山
         『了源寺』
【所在地】
〒212ー0057
川崎市幸区北加瀬1丁目13番1号
【交通】
JR東日本・横須賀線「新川崎駅」から徒歩約7分
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2023年01月23日

《川崎市幸区》夢見ヶ崎動物公園「幸区市民健康の森」川崎歴史ガイド〜夢見ヶ崎と歴史ガイド〜『了源寺と軽部五兵衛の墓』

夢見ヶ崎動物公園
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「幸区市民健康の森」の脇に、
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ひっそりと設置されている
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川崎歴史ガイド
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『了源寺と軽部五兵衛の墓』
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説明版(拡大)を解説致します。

夢茅ヶ崎動物公園前に鎮座する
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『了源寺』には、忠臣蔵で名高い大石内蔵助らの赤穂浪士が吉良邸へ討ち入り前に身を潜めていたという、軽部家の主、「軽部五兵衛の墓」があります。軽部五兵衛は、川崎市幸区下平間の地主で、江戸の浅野家や吉良家に肥料となる下肥(しもごえ)の清掃などを請負い、出入りをしていました。彼は赤穂浅野家びいきで、秘かに吉良邸の情報を浅野家に知らせていたので、吉良邸討ち入りには貴重な足がかりになっていたと言われています。
現在、門前の墓地の入口には「赤穂浪士の隠れ家 軽部五兵防衛の墓あり」という石標が建てられています。

明日は、『了源寺』投稿
解説致します。

KATG事務局




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