2022年10月26日

《川崎市幸区》川崎歴史ガイド〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜『小倉用水』解説版

20221026225851220.jpg
左側には、川崎市立小倉小学校.正門
住所は、川崎市幸区小倉2丁目20番1号
20221026230102478.jpg
川崎市幸区幸南加瀬3丁目38番地

20221026224036551.jpg 20221026224042989.jpg
川崎歴史ガイド
〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜
『小倉用水』

夢見ヶ崎の麓に広がる小倉は、稲毛・川崎領の穀倉地帯の一部として知られていました。
しかし小倉付近は、近くに鶴見川が流れているにもかかわらず、その河床が低いため直接水田に水を引くことができませんでした。
そのため、古くは小倉池などのため池の水に依存した地域でしたが、享保年間(1716年〜1736年)、二ヶ領用水と小倉池を結ぶ小倉用水が開発され、米の収穫量を伸ばしたのです。
その一方で、この地域は江戸時代初期から鶴見川の洪水をめぐって苦労も多かったようです。
用水の水門は、6月20日ごろ閉めて9月14日ごろ開けられるまで、水量を調節する大切な役目を果たしました。
また集落には「町堀」とか「村堀」と呼ばれる水路も網の目のように作られ、日常生活にとっても大切な用水でしたが、1955年(昭和30年)頃からの急激な都市化に伴って段階的に埋立てられてしまいました。

20221026230211091.jpg
川崎市立小倉小学校の北を通る車道をクロスした南角に設置されています。
20221026230316873.jpg
左側の歩道は、小倉緑道「新川崎」方面

Facebookでは、
川崎歴史ガイド
〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜
『小倉用水』解説版が設置されている風情動画を投稿しています。

KATG事務局
posted by KATG事務局 at 23:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月25日

《川崎市幸区》『小倉杉山大神』

20221025212704668.jpg
【小倉杉山大神・社殿】
20221025212748651.jpg
【小倉杉山大神・扁額】

〔概要〕
小倉杉山大神の創建年代は、不詳ながら当地周辺は古くより拓け、当社も古くよりも鎮座だといいます。
戦国時代には、小机城主笠原氏の崇敬を、江戸時代には領主旗本松下氏の崇尊を受け、小倉村の鎮守だったといいます。

20221025214359102.jpg
【小倉杉山大神・参道入口】

20221025214446773.jpg
【小倉杉山大神・石柱】

20221025214534502.jpg
【小倉杉山大神・庚申塔由来】
参道入口左側

20221025214621883.jpg
【小倉杉山大神・道祖神】
参道入口左側

20221025214712064.jpg
【小倉杉山大神・道祖神】
参道入口左側の祠に祀られています。

20221025214817333.jpg
【小倉杉山大神・鳥居】

20221025214843190.jpg
【小倉杉山大神・由来】

20221025214907148.jpg
【小倉杉山大神・手水舎】

Facebookでは、『小倉杉山大神』境内動画を投稿しています。

KATG事務局
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
        『小倉杉山大神』
【所在地】
〒212ー0054
川崎市幸区小倉1丁目4番6号
【交通】
〔鉄道〕
JR東日本・横須賀線「新川崎駅」から徒歩約8分
JR東日本・南武線「鹿島田駅」から徒歩約10分 「矢向駅」から徒歩約16分
〔バス〕
「夢見ヶ崎動物公園.前」停留所から徒歩約2分
「杉山神社.入口」停留所から徒歩約2分
「小倉」停留所から徒歩約3分
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○




posted by KATG事務局 at 22:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月24日

《川崎市幸区》川崎歴史ガイド〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜『大師堀』解説版パネル

20221024212017108.jpg
川崎市幸区下平間133番地・付近

20221024212029688.jpg
川崎歴史ガイド
〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜
『大師堀』解説パネル
が設置されています。

20221024212034267.jpg
解説文(拡大)

二ヶ領用水の建設は、徳川家康の命を受けた代官小泉次大夫によって始められ、1611年(慶長16年)の完成までに実に14年の歳月を要する大工事でした。
多摩川の水を川崎市多摩区中野島、宿河原両取入れ口から取り込んだ用水は、JR東日本・久地駅近くで合流し、久地の分量樋(円筒分水)に導かれていました。
ここで4つの堀に分けられていたのです。
最も多量の水が流れていた川崎堀がいわば二ヶ領用水の本流で、この本流からさらに細かい堀に分かれていました。
川崎市中原区上小田中から分かれる井田堀、宮内からの木月堀、市ノ坪からの上平間堀などです。
そしてここ鹿島田付近で大師河原、渡田方面までの水田を灌漑する『大師堀(大師河原用水)』と鶴見川北岸一帯を潤す町田堀に分かれます。
また『大師堀』は1939年(昭和14年)から1974年(昭和49年)まで工業用水としても利用されました。
近年、土地利用の変化と水質の悪化によって、埋立てられる所もでてきましたが、1988年(昭和63年)このあたりの『大師堀』は環境整備事業の一環として親水化され、川崎市民に親まるれています。

現在の『大師堀』は、JR東日本・南武線「鹿島田駅」から100mほどの多摩川寄りの市街地に位置し
20221024214212217.jpg
ミニ水路が復元された遊歩道の中、
20221024214513082.jpg
緑を配した広場や休憩スペースが各所に設けられています。
20221024215247728.jpg
最長540m

Facebookでは、川崎歴史ガイド〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜『大師堀』の解説版パネルが設置されている川崎市幸区下平間133番地・付近の遊歩道より現在の『大師堀』動画を投稿しています。

KATG事務局
posted by KATG事務局 at 21:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする