2022年01月25日

《川崎市川崎区》川崎大師シリーズ②真言宗智山派大本山金剛山金乗院平間寺【川崎大師】part9大本坊エリア⑦昔、境内の力くらべにつかわれた石『力石』

境内の石をご解説致します。
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『力石』解説

明治時代

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昔、境内で力くらべに使われた石です。
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左の2つは、「さし石」といい頭上にさし上げるもの。
左端のものは36貫(135キログラム)
右の3つは「おった石」といい、起こして真っ直ぐにたてるもので、右から3番目のものは、銘を雲龍石といい100貫(375キログラム)もあります。
これができたものは一人前とみなされたといわれています。
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「寺内由緒」が設置され解説しています。

続く!

川崎大師シリーズ①は、
2018年1月27日(土)から
2018年2月6日(火)まで
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2022年01月24日

《川崎市川崎区》川崎大師シリーズ②真言宗智山派大本山金剛山金乗院平間寺【川崎大師】part8大本坊エリア⑥『種梨遺功 碑』

境内の碑をご解説致します。
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『種梨遺功 碑』解説

大正8年(1919年)

『種梨遺功 碑』は、長十郎梨(ちょうじゅうろうなし)の発見者である當麻辰次郎氏(1826年〜1905年)の功績を称えた碑です。
大正8年(1919年)に大本坊前の植え込みに建碑されました。
かつて旧橘樹郡大師河原村は、果実が盛んでしたが、代表的産物に長十郎という梨がありました。
大師河原村出来野(現∶川崎市川崎区日の出)の當麻氏が実生から育成したものが、明治26年(1893年)に実をつけたもので、當麻氏の屋号から名付けられました。
この品種は、木の寿命が長く病害にも強い、収量が多い等の特徴があり、栽培面積も広がっていました。
建碑当時、全国の梨栽培面積の6割は長十郎でした。
大消費地の東京、横浜をひかえて盛んに作られる
商品価値のある梨でした。
その後一時期、長十郎梨は衰退しましたが、近年発祥の地に復活させる運動が起こり、苗木の存続が図られています。
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「寺内由緒」が設置され解説しています。

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2022年01月23日

《川崎市川崎区》川崎大師シリーズ②真言宗智山派大本山金剛山金乗院平間寺【川崎大師】part7大本坊エリア⑤『鶴澤勝造 碑』

境内の碑をご解説致します。
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『鶴澤勝造 碑』

大正5年(1916年)10月

室町時代の末期、びわなどを用いて広く民衆に喜ばれた新音曲の中に「浄瑠璃姫物語」というのがあり、それが非常に好評だったので、その種一連の語り物を浄瑠璃と呼ぶようになったといわれています。

この碑は..
3代目『鶴澤勝造の碑』で彼は天保年中、浄瑠璃三味線の名手といわれた勝造の名を繋いだお方です。
本名は、金田茂吉といいその後、豊沢一造と名のり、ついに勝造と名のりました。

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