2021年02月21日

《川崎市幸区》〜さいわい緑道〜part2「旧.南武鉄道貨物線軌道跡」碑

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〜さいわい緑道〜

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菜の花が咲く緑道に設けられた
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「旧.南武鉄道貨物線軌道跡」碑
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現在のJR東日本・南武線は、大正9年(1920)に多摩川砂利鉄道という会社名でした。
川崎町(現在∶川崎)〜稲城(現在∶稲城長沼)間の鉄道敷設免許を取得したことに始まります。
社名のどおり、多摩川の砂利採取及び輸送を目的として会社が設立されました。
当時は、多摩川砂利鉄道を名乗っていましたが、
期間は短く2ヶ月後には、社名を南武鐵道と改めました。
会社名が砂利鉄道..
さすがに一般受けはしなかったのでしょう。
また、取り巻く経済状況は非常に厳しく会社を設立したものの路線の開業まで7年の月日がかかりました。
昭和2年(1927)3月9日に川崎駅〜登戸駅間
矢向駅から「川崎河岸駅」間が開業
「川崎河岸駅」では、貨物線が主に砂利を取り扱っていました。
砂利は、多摩川上流域の河床から採取されたもので、鉄道で輸送され、ここで艀に移し替えられ、東京湾の需要者へ運び出されました。
その後、工場移転やトラック輸送の発達に伴い貨物支線と「川崎河岸駅」は、廃止に。
昭和51年(1976)現在、「川崎河岸駅」と貨物支線の敷地は、〜さいわい緑道〜となりました。

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碑にあるスマホのQRコードを読み込むと説明動画に繋がります。
続く!

KATG事務局
posted by KATG事務局 at 15:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする